『相模原事件とヘイトクライム』第一章に対するコメント 星野凌摩
相模原事件が起きてからしばらくの間は、テレビやSNSでは連日、植松被告に対する意見や憶測が飛び交っていた。実際、事件が起きた後私が目にしたバズったツイート(いわゆる勢いをもって広まったツイート)といえば、植松被告の犯行動機や彼自身の人格についてのものが多かった。事件の大きさや残酷さから、非常に多くの批判が見受けられたが、反対に、彼に同情する声もあった。なぜなら、介護職という仕事の大変さや労働環境の過酷さを根拠として、「まじめで素行の良かった彼が殺人を犯すくらい過酷な介護の実態の認識と改善が必要」という結論に至る人々が少なくなかったからである。このような意見を私はお門違いであると思っていて、例えば窃盗事件が起きた時に「盗みを働かなければ生きていけないような社会を作る国を改善しなければならない」と言っているようなものであると解釈している。そもそも、この事件がヘイトクライムの側面を持っている時点で、植松被告自身の問題と介護職の労働環境問題とでは切り離して考えなければならないと考えている。正確な犯行動機をしっかり認識出来てはいないが、この事件を介護職の問題として扱ってしまうのは、介護職を全うしている方々に対してあらぬ印象を与えかねなくなり、大変失礼なことであると同時に、彼がどのように障がい者への偏見を醸成していったのかという本質的な問題から目を背けることになるのではないかと思う。
この相模原事件では、事件が起きる前に、植松被告は事細かな考えを衆議院議長宛に手紙をしたためている。全文を読むと、支離滅裂な内容や文面がほとんどだが、内容の善し悪しはさておき所々に彼の明確な思想や考え方が示されているように感じる。言い換えれば、彼はこの事件を起こすに至るまでのプロセスをご丁寧に説明しているのである。つまり、反面教師として問題点を見つけ、それらをどのように潰していくかを考えることは、我々にもできることではないだろうか。
この事件を倫理観だけで切り捨てるのではなく、論理的に解釈していくことで、彼の思想の本質に迫ることが出来るのではないかと感じた。