『相模原事件とヘイトクライム』第三章 名倉令

 「生産的なときにだけしか生きる権利はないのでしょうか」フォン・ガーレンの一言がとても印象的であった。現在にも言えることだが、私たちの社会は命の価値よりも、社会での生産性を最大の価値と見る考え方が存在する。生活保護受給者は国のお荷物。ホームレスは社会のゴミ。障がい者は生きる価値無し。少し耳を傾ければ、経済活動を通して社会に貢献しているものか否かで一線を画すような、罵詈雑言がよく聞こえてくる。生産性に囚われた社会で生き続けることが最早当たり前になっていて、自ら生きづらい社会を形成する共謀者になっていることに気づいていないのだろうかと考えさせられる。
 ナチスの優生政策を調べた知識を加えて整理していくと、1931年の人種衛生学会は9月に採択した新しい指針で、「治る見込みもない遺伝的欠陥者のための割かれる支出は、もはや遺伝的に健康な家系の者には総じて役立たないものとなっている。それゆえ、優生学に定位した福祉は今や必要不可欠なのだ」との旨を述べている。ここからヒトラーが1933年に発足する前から、障がい者を蔑む考えがドイツに蔓延していたことが分かる。そして1933年の3月に授権法(行政府が立法権を行使できる法)によって立法権をも手中に収めたヒトラー政権はドイツ初の断種法である、遺伝病子孫予防法を制定した流れだ。遺伝病子孫予防法について調べたところ、この断種法は個人の自己決定を頭ごなしに否定していたのではない。不妊手術の申請は原則、本人が行うものと定め、強制措置に関しても本人が手術を申請した場合には行われないとされていた。つまり、原則としては個人の自己決定が尊重されるが、決定能力、同意能力の期待が得られないものに対しては代理人の同意や決定で良く、この場合において強制措置もやむを得ないとするものであった。そしておぞましいことにナチス政府が発表した、1934年に不妊手術を受けた者の約8割が自己決定、同意能力を欠いているとされた人々であったのだ。そして一年後にはT4作戦が実行され、中止された後も看護師・介護士による野生化が見られるようになった。野生化した背景に存在するのはやはり、国の許容だと私は考える。国が何らかの形で一度でもその考えを肯定してしまうと、それが民意として確立してしまう。その後公言しなくても、その考えが普通となってしまった世の中に歯止めをかけることは難しい。だからドイツでも人の命を預かる職種にある人々までもが、生命の否定に値する行動を正義として執行したのだと考えた。仮に責められたとしても、国が許容したという揺るぎない事実が彼らの行動の正当性を裏付ける証拠にもなり得るからである。本書では最初の段階で止められなかったことが悲劇を生んだとし、植松被告の行動はT4作戦を連想させたとしている。この意見はとても共感できるもので、この考えに基づき現状の日本を表すと、日本全体はすでに野生化状態にあるといえるだろうと考えた。公の立場の人による差別的発言や、全国各地に広がる差別の意識。いつまた植松被告のような、非道徳的行為が繰り返されるか分からない状態だ。今の政府の「パフォーマンス」と揶揄されるような対応に起因する、被害者が出てから物事の本質を考える意識ではまた近い将来に損害を受ける人が現れ、悪循環に陥るのではないだろうか。