『相模原事件とヘイトクライム』第4章 名倉令

藤井さんは障害者権利条約は、まだ原石の状態で磨かれないと光らないと語った。当事者の間では、採択された瞬間はフロア一帯となって子どものように熱狂するほど、キラキラと輝くものだったという。その光景を我々が思い浮かぶ光景で例えるとするのなら、オリンピックの開催都市が東京に決まった瞬間のようなものだろうか。涙を流して見守った歴史の転換点を、自ら原石の段階と表現することに悔しさを覚えていたのかもしれない。「キラキラという言葉に力を入れました」の一文が、藤井さんの思いを物語るようなものだと考えた。私たちは主観的に体験したことでしか、その時の感覚を味わうことができない。現に、障害者権利条約が採択された光景だって、文字で読み取れる範囲でしか理解することが出来なければ、その光景を思い浮かべる時に使用するのは過去の実体験だ。私は今の障がい者との一般的な関わり方では、この深い溝は埋まらないのではないかと考えてきた。本書には、彼らのキラキラをどう共有するのかを考えてきた一人の導き出した答えが掲載されている。それを読み、私自身が考えたことを記してこの本の総括としたい。
藤井さんは無関心を無くすために教育がもっと力を尽くし、子どもたちに伝える役割を果たして欲しいと語る。私の学校生活を振り返ってみても、確かに言葉として「障がい者への差別はいけない」と聞く機会はあったが、具体的な法令や過去の事例を取り上げられて話されたことはない。具体的な事例や法令を知ってもらうことは物事を考えていく上で、重要なプロセスだ。しかし、それだけで無関心が消えるのならこの現状には陥っていないだろう。私は生徒に伝えることよりも、藤井さんがもうひとつ重要だと語った、障がい者に直に接してもらうことを大切にしていくべきだと考えている。私たちはあまりにも障がい者との関わりが薄く、彼らがどんな悩みを抱えているのかや、どんな生活を送っているのかすらも知らない。彼らの実情を直に触れ合い、共有してもらえなければ、いくら言葉にしても伝わらないだろう。そこで私は、幼少の頃から関わる機会が増えていけば、彼らに対する偏見や、生きる権利の否定をおこなうことも少なくなるのではないかと考えた。私たちのように「生産性で世の中を見ること」に慣れてしまう前に、子供たちと障がい者との触れ合いの機会を増やすことで命の価値に気づくことができるのではないだろうか。